【永田洋光・アルゼンチン戦取材記】踏まなければならない「悔しさ」のステップ

「アルゼンチンは強かったです」

日本代表の共同キャプテンを務める立川理道は、試合の感想をそう切り出した。

悔しげに……でも、辛そうに……でもなく、ムチャクチャ面白い映画を見終えた中学生が素直に「面白かったです」と感想を話すように、その口調には屈託がなかった。

2015年ラグビーW杯イングランド大会で活躍し、今春のサンウルブズでもジャパンでも、リーダーの1人として世界と最前線で対峙してきた立川にすれば、初めて体験するアルゼンチンは最高にエキサイティングな対戦相手だったのだろう。

実際80分間を通じて立川は、スタンドから見ても十二分に通じていた。だからこそ、素直に「強かった」と振り返ることができたのだ。

しかし、先発15人中7人、リザーブ8人中6人が初めてのテストマッチという状況では、歴戦の強者たちの頑張りは、必ずしも生かされなかった。

初キャップ組が頑張らなかったわけではない。

頑張ったけれども、頑張りが実を結ばなかった。

立ち上がりは競った展開に持ち込めたし、トライの匂いも漂って観客を沸かせたが、時間の経過につれて、アルゼンチンが冷静にジャパンの防御のギャップを駆け抜けてトライを重ねた。

最終スコアは20―54。13年秋のオールブラックス戦と同じ54失点だ。

大きくて強い相手が冷静にジャパンの動向を見定め、試合のなかで最善手を見つけて着々と地歩を固める――それが、W杯ベスト4チームの貫禄であり強さだった。

FLとして初キャップを獲得した三村勇飛丸はこう振り返る。

「頭と体力が、新しいディフェンスシステムについていかなかった。アルゼンチンは1人ひとりが上手かった。いなされているというか、僕らが立っているところではなく、スペースを見てプレーしてきた。真正面から当たった感覚は驚くほどではなかったですが、個人的には相当頑張らないと、オープンサイドFLとして通用しないと改めてわかりました」

ヘッドコーチ(HC)のジェイミー・ジョセフは、客観的にチームをこう評した。

「立ち上がりは相手にプレッシャーをかけることができた。ラストの20分間も、最後まで諦めない姿勢を見せてくれた。ただ、試合の強度がトップリーグとはまったく違う。新しい選手には初めて経験する強度だろう。その厳しいプレッシャーのなかでミスがあり、失点につながった」

つまり、チームとしての成熟度の違いが、歴然としてスコアに反映されていたのだ。

1万8千人を超える観客の目に明らかだったのは、スクラムの優劣だろう。

ジャパンは、新しいメンバーを加えた編成で、長谷川慎スクラムコーチの指導のもと、新しいスクラムに取り組んでから実質的に1週間で試合を迎えた。対するアルゼンチンは、W杯からのメンバーが、世界最高峰のラグビー選手権「ザ・ラグビーチャンピオンシップ」を戦い、さらにノウハウを蓄積して日本に乗り込んだ。それにもかかわらず、前半10分にはスクラムでアルゼンチンから反則を誘って場内を盛り上げたが、4分後にマイボールのスクラムを一気に押し込まれてボールを奪われると、盛り上がりは沈静化した。

長谷川コーチが言う。

「最初はいい組み方をしていたのに、途中で自分のチームの組み方に戻った。そういうところから崩された。80分間、同じ組み方ができるようにしていきたい。一番大事なのは、キツいときにキツいことができるかどうかでしょうね」

一方、アルゼンチンのキャプテン、アグスティン・クリーヴィはスクラムについてこう話す。

「最初は日本の低いスクラムに苦しんだが、可能性を探るうちに建て直すことができた」

押されてもパニックにならず、苦しい状況を我慢して試合中に修正を施す――つまるところ、経験の差は、これができるか否かに集約されているのだ。

新しいHCに、新しいメンバー。

変化を選択した以上、この結果は、強くなるためには必ず踏まなければならない、悔しさというプロセスの、1つのステップなのである。

立川は、冒頭のコメントのあとでこう付け加えた。

「これからは、上に上がることだけだと思うので、下を向くことなく、上に上がることを信じてしっかり戦っていきたい」

果たして翌週、ジャパンはジョージアを28―22と下してステップを1つ上がった。

ようやく19年W杯日本大会に向けた準備が始まったのである。

 

<取材・文/永田洋光><写真/齋藤龍太郎(楕円銀河)>

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